教師

プロフィール写真池田 智紀(いけだ とものり) 1987年生まれ、岡山県出身、在住。2012年、長崎大学大学院教育学研究科を修了。小学生の頃からピアノ・トランペットの演奏を中心に音楽教育を受けてきた。明誠学院高校の特別芸術コース吹奏楽系を経て、大学時代は近隣の中学校・高校でトランペットの指導をする。ブラスバンド・吹奏楽・オーケストラを経験し、2009年には市民参加演劇「the Passion of Nagasaki 」に奏者として参加。学部時代には演奏法と教育について、大学院ではアメリカの教育学者ジョン=デューイについて研究する。卒業後はF.M.アレクサンダーとデューイの教育について研究と実践をしている。

大学時代のレッスン中に、とある講師から聞いた話がアレクサンダーテクニーク(AT)を始めるきっかけとなる。長崎での開校を知って横江氏のワークショップに参加し、教師養成コースに入る。ワークの学びの中で演奏や腰痛、花粉症などに苦しむことが次第に減っていった(私の自己の使い方)。

現在、ATJ翻訳チームで『建設的に意識調整するヒト・Constructive Conscious Control of the Individual』(2017年出版予定)、『いつでも穏やかに暮らすには・The Universal Constant in Living』(2018年出版予定)を翻訳中。趣味でAT関連の資料を収集・調査・保管をしている。(ブログ)


翻訳

  • 「アフォリズム・教える言葉(Teaching Aphorisms)」2015年、F.M.アレクサンダー著、横江大樹訳『人類の最高遺産』付録
  • 「自伝的小品(Autobiographical Sketch)」2015年、F.M.アレクサンダー著、横江大樹訳『人類の最高遺産』付録

私の自己の使い方

はじめの頃のワークの体験をまとめています。

意識的調整・アレクサンダーテクニーク

大学の金管楽器のレッスンで、アレクサンダーテクニーク(以下「AT」)という名前を初めて知りました。そして、当時は腰痛で困っていたこともあったので、おすすめされた『音楽家ならだれでも知っておきたい「からだ」のこと』を読み、ボディマッピングの講座を受講しました。腰痛自体はその講座で改善したものの、より深くATを学びたいと考え、長崎で開催されたワークショップを受講することを決意しました。このときまでは、ボディマッピングとATは類似したもので、より詳しく身体について学ぶのだと思い込んでいました。

トランペットを演奏しているときの自己の使い方について一緒に調べたことが、最初のレッスンでした。そこで気づいたことは「正しい演奏」とか「正しい姿勢」、それから私がボディマッピングを学んだことで「正しい」解剖図に自分自身を当てはめようという考えがあり、その結果、演奏に対して余計なことをしていたということでした。

当時から演奏以外での私が困っていた症状をあげると、「腰痛」、「花粉症」、花粉症に伴う「鼻炎性の喘息」というものがありました。花粉症は中学生のころから発症し、花粉が飛ぶ時期になると特につらかったのです。

ここで、これらの症状に至るまでにやっていた使い方についていくつか挙げてみます。

腰痛

  • 「楽な姿勢」という感じに任せて、頭を後ろに下に引き下げ、内臓を押しつぶすように身長を短くして座っており、
  • 一方では「ちゃんと座る」という思い方に基づいて、頭を前に下に引き下げ、胸を前に上に行かせることで背中を反らし、そうすることで身長が短くなっていたので、
  • 上記のようなやり方を、様々な行為で習慣的にやりつづけていたので、そのとき感じていた体感を「自然」とか「楽」だと思い、それをあてにし続けていた
  • etc.

花粉症および鼻炎性の喘息

  • 花粉という刺激(情報)が来たときに、習慣的に頭を引き下げ、全身を縮む方向へ使っており、
  • 結果として症状は余計ひどくなっていたが、症状が和らぐと思い込んでおり、
  • 同時に、鼻水を垂らすのが嫌だと考えていたので、鼻をすすって鼻腔を狭くしながら、
  • 食道・気管に鼻水が入るのが嫌で、喉を押しつぶしていた
  • etc.

以上のような使い方を当時はなんとなく症状が和らぐと思って意識的・無意識的に続けていました。しかし、それをすることで症状は悪化する方向へ行き、薬を飲んでいたとしても症状が出続ける状態でした。

「あてにならない感覚的評価」をあてにすることによって、このような使い方になり、結果として腰痛や花粉症が起きていたということがワークを続けることで徐々に分かりました。 また、何か「正しい」ものに自分自身を当てはめるのではなく、自分自身を調べ、意識的に調整して、そして思い方が変わることで自分自身の使い方が変わる必要があると知りました。

思い方の変化について書くと、「楽」とか「正しい」と感じる方向へすぐに行きたくなることを抑制し、首が楽に、頭が上へ行くということを思うことでした。そうすることで、今までの使い方とは違う知覚となり、感じとしては「変」という感じでしたが、それまでの使い方によって影響していた症状が減る方向に行きました。

現在では、自己の使い方が変わったことで、腰痛の症状について忘れしまうほど消えさり、さらに、花粉症とそれに伴う喘息によって起きていた、咳をし続けて嘔吐するという症状もなくなり、より問題が減る方向に進んでいます。

マインドモデリング

最初にマインドモデリング(以下「MM」)を学んだのはATの教師になるためのトレーニングコース中のことでした。当初は高速情報処理というよりも今までより本が速く読めるようになるという理解でした。

MMを学ぶ以前の私の情報の取り入れ方について思い出したことを挙げます。

  • 本を読むときは黙読をしており、そのやり方は目から入った文字を頭の中で音声化し、それを聞きながら理解したつもりで文字に目を通しており、
  • そのとき同時に「ちゃんと読もう」という考えがあるので、ページや文字を飛ばして読むことを許さず、
  • 上記のようなやり方をすることで1冊読み切るのに時間がかかり、本を読むこと自体あまり好きではなかった
  • etc.

MMを学ぶ前と後では、実際に読む速さは2倍以上になっており、「ちゃんと読む」という考え方が変わったため、本を読むことが嫌いではなくなりました。

しかし、MMは本を速く読むためだけのものではありませんでした。ワークを続ける中でわかったことは、取り入れる情報に対して自分自身の好みを使って選り分けることで、実際に必要かどうか吟味する前に、感覚的評価(感じ・気分)によって必要な情報もそぎ落とされてしまうということでした。そのような情報をそぎ落とすやり方は、読書だけでなく、人との会話や学校での授業でもそのようにやっていたと今では考えられます。MMのワークは、情報に対しての「考え方」や「見方」が変わるワークでした。

その後、MMをどのように利用していたかというと、当時は修士論文を書いていたので、英語や日本語の多くの文献を読むことになりましたが、うんざりすることなく読むことができ、引用したい文章がどの文献にあるのかも悩む前に手が動いて「どこに書いているかわかった」というようなこともありました。

しかし、その最中にはMMをうまくできている「感じ」はない上に、今までの読み方とも違うので変な感じでした。また、本当に情報が入っているのかも不安も訪れました。練習していくことで、これをより利用できるようになった今でも、上手くできている「感じ」はないですが、情報を取り出す必要性に駆られると勝手に出てくることがあるので、できているのでしょう。

MMを継続することで、ものの見方や考え方が変わっていき、取り入れる情報を好き嫌いでそぎ落とす前に、様々な情報を取り入れてから吟味するように変わりました。その結果として、本を読む速度が上がったり、出来事に対しての今までとは違う考え方や見方ができるということもありました。

また別に気づいたことは、苦手だった人ごみが平気になったり、演奏では楽譜を読む速さや暗譜をするスピードもあがったりしたのです。

音楽ワーク

初めての音楽ワークは、最初のATのワークショップでした。小学生のころから私はトランペットを吹いていましたが、その時の今までとは異なる使い方で演奏した最初の感想は、「まるで自分じゃないみたい」というものだったのです。

ATを始める前の演奏中の私の使い方について、いくつか気づきを挙げます。

  • 楽器が自分の口へ近づくのではなく、自分の口を楽器に近づけようとしており、頭は後ろに下に引き下げており、
  • 楽器を持つ際に手首を縮めていた。それは「持とう」と考えたときにすでに起きている
  • なんらかの「正しい姿勢」という考えに基づいて演奏しようとしており、胸を前に上にやって背中を短くする方向へ縮めていた
  • またはなんらかの「楽な(自然な)姿勢」という考え方に基づいて演奏しようとしており、胸を前に下にやって背中を短くする方向へ縮めていた
  • 音が高くなると頭を後ろに下に引き下げ、音が低くなると頭を前に下に引き下げていた
  • 「腹式呼吸」といわれるようなやり方で呼吸をしており、それは息を吸うときにはお腹を膨らませ、吐くときにはへこませていた。それをすると同時に肋骨を固めていた

以上のようなやり方で演奏をしており、練習時間は最長で約7時間ほどに達したこともありました。その結果として腰痛が起きており、演奏技術も満足のいくようなものではありませんでした。またワークが進むと、上記のような傾向のいくつかは日常でも度合いが少ないだけでやっていることに気づきました。特に「腹式呼吸」は無意識にできるほど練習していたのです。

上記のような傾向をやめようとしたのですが、「楽器を吹こう」、「楽器を持つ」というような考えを持ってからすぐに演奏しようとすると、それまでの使い方が現れてしまいました。その習慣はあまりにも強力で、楽器に触れようとする前から抑制しなければならなかったのです。楽器を持たずにそのような抑制することを練習して3か月ほどが経ちました。その次に、音が出るまでの過程を一つ一つ続けていくと、音を出したときの感じは非常に「不自然」でした。

そうやってこれまでの演奏のやり方を考えていくと、自分の「感覚的評価」をあてにして曲や音を選んでおり、特に音色に関してはまるで何か唯一の正しい音色があるかのように探っていました。また、当時の自分は演奏の価値付けの基準を権威的なものや好み、気分で判断しており、実際には自分で音を聞いていなかったのです。

十数年やってきた演奏のやり方があり、現在それをやめていく方向へ訓練しています。しかし、日常の暮らしと比べると今までの演奏のやり方は、頑張って練習してきたために非常に強い習慣となっているのです。この訓練をする過程で、がむしゃらに楽器を吹く時間は減り、練習の内容は今のところスケールだけです。それを継続しながら、演奏するときには以前のようなとりあえず吹いてみるというやり方ではなく、まず曲を理解することから始まり、その理解には楽譜上の理解だけでなく、作曲家が当時の暮らしの中でどのように見て、考え、感じていたかを知ることを含んでいます。そして、「あてにならない感覚的評価」による自分自身のうまくいっている「感じ」や、曲を解釈することによって演奏するやり方を抑制することで、演奏ができる方向へ行けるように徐々に進んでいます。

結果として、自然に演奏するためには、曲を解釈するのではなく「理解すること」と「自己の使い方」が私にとって必要ででしたし、今まで十数年やってきたやり方ではうまく演奏できているつもりだったのが、実際に私が認知しているような演奏と他者が認知している私の演奏は異なっているとやっと理解できました。そのため、今までとは違うやり方が必要になり、そして新しいやり方を知ったので、以前のやり方をわざとやろうとすると非常に慣れ親しんだ感じではあるのですが、今ではそれを続けると心身に負担が起きるようなやり方であると気付くことができるようになりました。

以前のやり方で演奏していた私には、何か「正しい」やり方で演奏をしなければならないという信念があり、その信念が使い方としてあらわれ、結果として腰痛のような症状が起き、演奏自体も気分としてはうまくいく場合もありましたが、なんとなく目指したいものと違うとも思っていました。そして、そのような使い方を抑制し、予防することで、それまでとは違う使い方を順番に考えていくと、以前の使い方は減る方向へ行き、次第に困っていた症状も減っていきました。

現在は腰痛も消え、自分がやりたかった演奏を知ることもでき、それをさらにやりたいと思えるようになりました。それか、ステージ上での緊張も減る方向へ行っています。また同時に、花粉症などの症状も減り、以前よりも暮らしやすくなっているのです。

2013 - 2017 意識的調整実践センター