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資料紹介

カテゴリー:記録 / タグ:文献,歴史,研究

アレクサンダー氏が最初の著作『人類の最高遺産』の出版が1910年だと考えれば、氏の作品は古典に分類されるでしょう。しかし創始者や第一世代の著作を読むことは、原理主義や修正主義というわけではなく、「温故知新」というコトワザがあるように、こういった資料の中で先輩教師達が悩み、問題提起し、考え抜いてきたことを知ることで、世代を超えて繰り返される問題を抑制できる新しいヒントになるのではないかと思っています。興味を持った人にとって、母国語か外国語か、難しいか簡単か、初心者向けか上級者向けか、その程度のことは関係ないでしょう。

教室で保有している資料一覧は参考資料にあります。これらは一部に留まっており、実際に来られて質問していただければ他にも提出できます。外国で発達してきた都合上、資料も英語によるものが多くなります。興味を持った作品を見つけて「辞書でも使ってどうにか読んでみたいけど、海外通販はちょっと・・・」とお考えの方は、個別であればワークの体験も含めて当教室でご相談にのることもできます。

そういった資料を紹介したいと考えた理由は、初めてATを学ぼうとしたときに「何か資料はないかな、誰か紹介していないかな」とずっと思っていたからです。しかし、2016年現在になっても紹介している方が中々見つかりません。したがって、かつての自分のように、ATをもっとよく調べたい人が他にもいるのならば何か助けになるのでは、とそんな風に思った次第です。「本で既に書いてあることぐらいは誰でも知っておいていいじゃん」と、そう考えていますが、注意が必要です。アレクサンダー氏は次のように言っています。

仮に全ての教科書に精通したとしても大概は、自習だけで自動車の運転が出来るようにはならないし、ゴルフもスキーもムリだろうし、習得したいものが比較的簡単な科目であっても、例えば地理学・歴史学・算数などでも、教師の手助けなしには難しいだろう。

私家版『自己の使い方』、p.33

いくら知識を所有したとしても体験がなければ道具の使い方もわかりません。少なくとも創始者本人の著作ぐらいは、レッスンを受ける前に予習しても進行の妨げにはならないでしょうし、むしろより早く進行できます。わからないことがあれば教師に質問できますし、それを基に発展したワークを受けられるでしょう。その後、復習すればなおさら理解できるようになります。アレクサンダー氏の著作を読むことで、もしレッスンを受ける気になったとしたら、とても喜ばしいことなので、どうぞご近所のAT教師のところへご連絡してください。

資料紹介の優先順位は下記のようになっています。

  1. アレクサンダー氏の著作
  2. アレクサンダー氏の伝記
  3. アレクサンダー氏に関連するその他の資料
  4. 第一世代の著作
  5. 第一世代に関連するその他の資料
  6. その他

これらの優先順位を考慮していくと、日本語で書かれた資料の紹介は後回しになりますし、いつになるかもわかりません。

これまで集めてきた資料は100点以上になり、全て当教室で保管されておりますが、資料の購入代行・複写・貸し出しはおこなっていません。入手方法など詳細をお問い合わせ頂いても個別に対応できない場合があります。当教室に相談していただいても良いですが、まずは地元のAT教師に相談されるのはいかがでしょうか。

ATが発達した本国の教師協会では資料の収集と管理をしており、会員は気軽に参照できます。しかし日本ではこういった機能がありません。従って、日本にいながら資料が参照できることは非常に重要だと考えています。紹介していく中で、誰かに一つぐらいは興味が湧くものがあれば、資料紹介をする意味は大いにあると思っています。

資料収集

カテゴリー:記録 / タグ:書籍,歴史,研究

当教室には2008年頃(大学3年)から約8年間こつこつ溜めてきたアレクサンダーテクニーク(AT)の資料があります。

初めてAT関連の本を購入した頃から8年も経てば、翻訳されたものや日本人教師が著したものも増え、書店で見かけることも増えました。近所には教師がいないけれどもATが気になる、レッスンを受ける前に本を読みたい、けれども何から読めばいいのかわからない、もしそんな人がいるとしたら(自分がそうだったので)資料を徐々に紹介していくことで役立てるかもしれないと思い始めました。そこでまずどんな過程を経て集めてきたか、というところから紹介します。

2008年前半、初めて手に取った本は『音楽家なら誰でも知っておきたい「からだ」のこと』でした。というのも大学時代の管楽器の講師に薦められたからです。初めて「ボディマッピング」と「アレクサンダーテクニーク」という言葉を知りました。このときボディマッピングとATの区別はついていませんでした。購入後にしばらくしてからボディマッピングの講座に数回参加しました。ボディマッピングやATへの関心は深まりましたが、自己改善の持続性は実感しませんでした。演奏の変化も一過性のものだと思いました。

2008年後半、絶版になっていたものも含めて当時日本語で出版されていたAT関連の著作を購入して読みました。ボディマッピングとATについて区別がまだついていないどころか、似たようなものだとますます混乱しました。それに内容もどれも似たようなもので納得できませんでした。

2009年前半The Alexander Technique: The Essential Writings of F. Matthias Alexanderを購入しました。端的にATの原理がわかるかと思っていました。このとき実際に知りたいことに近づいた気がしました。それから映像はないかと、ATを紹介するDVDをいくつか買いました。しかし「それで?」と、よくわからず納得できませんでした。当時はFM氏の著作を読むように強く薦めるような作品はなく、難文・悪文・難解で読みにくい本だと紹介されていたように思います。

2009年後半、結局ATを知るには本人の著作しかないと、FM氏の4冊の著作を購入しました。Amazonの購入履歴を見ると8月15日です。ここまでボディマッピングの受講経験から、ATについては「身体の使い方」だと思っていました。つまり、まだよくわかっていませんでした。しかし、いずれこれを教える人になりたいとは思っていました。この時点で長崎でATのワークショップがあること、練習生になりたい人が3人いれば教師養成コースを開始することがわかっていました。そして最初からAT教師になるつもりで初めてのレッスンを受けます。このとき様々な事情が重なって個人レッスンを1日丸々受ける機会に恵まれました。モヤモヤが増えたのか減ったのか、少なくともボディマッピングとATは違うとわかりました。ここまでの資料集めは主にAmazonを利用しました。

2010年、教師養成訓練が始まりました。このときには大学院でジョン=デューイの研究をするつもりだったので、2012年ごろまでFM氏とデューイ博士に関連する資料を集めます。デューイ博士の著作集や伝記、FM氏の著作や伝記を読みました。同時進行で日本デューイ学会会員の先生の下で学会の紀要を可能な限り集めてもらい、デューイの心身論と教育論に関連した小論文に目を通しました。しかしFM氏について言及されていたのはその中では一つだけだったと記憶しています。このころからAmazonで購入できないものが必要になったので、図書館や輸入代行に頼りました。

2010年から2013年教師養成コース卒業まで、トレーニング過程の中で、第一世代の教師(主にパトリック=マクドナルド・ウォルター=カーリントン・マージョリー=バーストーなど)とその流れについて聞いていましたが、実感したのはATKを通して2012年頃から他の教師の方と交流したときでした。それぞれに特徴がありアプローチの仕方が違うのだと、それはどこからやってくるのかと、日本で広がりつつある「アレクサンダーテクニーク」と「FM氏のワーク」と「第一世代のワーク」はどのような違いがあるのかと、そう思って調べていくと原理がより明快になるのではと考えました。しかしトレーニングと修士論文で余裕がなかったのと、漠然と考えていただけなので、その違いについて深く追求することはしていません。

2013年教室開始から2016年前半、トレーニングを修了したときにはFM氏はもちろん、直弟子の第一世代の教師は既にこの世にいません。教師になってからどうやってワークを発展させていくのかと考える中で、残された著作や映像を見ていくことで経験不足を多少は穴埋めできるヒントになるならと、FM氏だけでなく、第一世代の著作や映像も調査することにしました。ワークの紹介の仕方や実際の手順にはそれぞれ違いがあると実際に観察できます。その背景には彼らの個人史が当然関わっていることでしょう。この頃には、日本への発送がないもの以外は代行に頼らず、自分で購入できるようになっていました。また2016年には『建設的に意識調整するヒト』の翻訳が終わり、ATJ翻訳チームに提出しました。この頃には著者に直接連絡を取らなければならない文献や絶版になっているものを探し始めました。

翻訳と平行しながら文献調査は継続していました。そうやって収集しているうちにFM氏の著作が日本語で読めるようになっており、2012年にはThe Use of the Self(私家版・自己の使い方)、2015年にはMan's Supreme Inheritance(風媒社・人類の最高遺産)が出版されました。

2016年10月、様々な形態で資料は約100点を越えたので、簡単に入手できる資料に目処がつきました。では次は、Fredrick Matthias Alexander 1869-1955:The Origins and History of the Alexander Techniqueの著者Jeroen Staring氏に連絡を取り、論文などの著作を購入しました。質問などにも快く答えて頂き、往復通信の中から紹介する許可もしてもらいました。資料収集の次のステップが見えてきました。

「百聞は一見にしかず」といっても、「アレクサンダー」と冠された技術を習得しようと考えるなら、創始者本人の著作くらいは読んでおいても損することはないと思います。自分が初めてのレッスンを受ける前に創始者の本を手に入れたということは、他にもATのレッスンを受ける前にFM氏の著作を読もうとする方はきっといるはずです。馴染みのある言葉で書かれたものが分かり易いかと言えば核心部を省いてより混乱させているだけかもしれないし、難文・悪文で書かれたものが分かり難いかと言えばそもそも新しいことを学ぶのだから分かり難いはずで、体験が伴えば内容は明確になります。

第8回ATK中国地区勉強会

カテゴリー:記録 / タグ:ATK,中国地区,勉強会,広島

今回から毎月行う予定になった勉強会です。『人類の最高遺産』第一部 第七章「人類文化と子どもの訓練」、『テクニークの真髄・アレクサンダーテクニーク、私はこのように観る』第二章「このテクニークを習得するには」をおこないました。毎回少人数で議論と実践を研究しています。

人類文化と子どもの訓練

子どもの学習についてFM氏は第一に模倣、第二に規則と直接管理的な指示の二つの手法を示しています。模倣は周囲の環境に適応しようと幼少期に積極的におこなわれていますが、大人でも同様に模倣はされているでしょう。幼少期は特にそのモデルになる人の使い方によって様々な習慣が形成され、そこでは必要なものも不要なものも習得されることになります。FM氏は「父母の性格を分析して欠点や悪癖が判明した時でさえ、その子ども達には適正な訓練をすれば予防できる(p.126)」と述べています。

子どもが悪癖を習得する例として砂糖を加えた人工授乳(pp.126-127)が挙げられており、「赤ちゃん時代でさえ、ある種の規則と矯正がもたらされるべき(p.127)」だと述べています。ネグレクトは問題として明確になりやすいけれども、不必要に構い過ぎることも問題だということになります。模倣によって無意識に習慣化された使い方に気づくには外からの手助けが必要かもしれません。

この章ではその他に右利き優先主義の話が出てきます。伝記によればFM氏は左利きで、書く時に右手で書くように自己訓練をしたようです(F.M.: The Lif of Frederick Matthias Alexander, p.23)。現代では左利きを矯正することは一昔前の教育になっています。時代や文化の背景が違うため、いくつかの話はFM氏の生きていた当時と異なり、古いし馴染みがないと感じるものもあるかもしれません。それでもこういった事例を現代社会の問題に置き換えて利用できそうです。

FM氏は教育において、「心身の使い方を培うことが第一に必須」だと考えており、誤った考えが子供らに伝えられてしまったとき、「教師は痛みを共有し、こうした先入観を理解した上でその部分と関わるにあたり、そのまま上塗りするのを避け、そうした先入観を出来るだけ取り除き、そして初めて、教えたり新たに適正な考えを伝達したりすべきだ」と述べています(p.149)。FM氏はアイリーン・タスカー女史と1924年にリトルスクールを立ち上げており、子どもの教育に関わってきました。FM氏が子ども達の教育に期待していたことは次の一節からわかります。

私の求めるものは子どもたちを訓練する手法であると既にわかっており、その手法を通せば、子どもは自らの肉体の御者となるだろう、すなわち、子どもがそのように教えられ訓練される時が来るのを私は待ち望んでいて、後ほど彼らがどんな環境に置かれたとしても、無駄な努力をすることなしに自分で環境にうまく適応して、喜びを持って、完全に健康な精神と肉体で人生を送れるようにあって欲しい。(p.156)

このテクニークを習得するには

第一世代の一人、パトリックーマクドナルド氏の著作『アレクサンダーテクニーク、私はこのように観る(The Alexander Technique as I see it)』を今回から始めました。『自己の使い方』を一通りやったので第一章「アレクサンダーの発見」は後回しにしています。用語についてマクドナルド氏によると「用語として「抑制」・「頭を前に上にやる」・「背中が長く広くなる」などを使ったのはアレクサンダー氏であり、他にやりようが内から専門用語にして自分の考えを伝達しようとしたまでで、そうした用語が意味を持つとしても限定的に、生徒としての実体験があり当該テクニークを訓練したことのある者に対してである。もう一つこころにとめておくべきことがあり、こうした意味は固定されているどころか逆に、時と共に成長し実体験が増加するにつれて変わることだ。(p.74)」とあります。

体験に即してた言語的な指示を教師から与えられた生徒は復唱するしかなく、「努力して意味付けするなどまったくしてはいけない」とマクドナルド氏(p.75)。あてにならない感覚的評価(faulty sensory appreciation)という用語がレッスンの中で説明されるかもしれませんが、知覚したことに対するこの評価があてにならないので、例えば「首が楽に」と方向付けがあっても失敗することになります。そこでマクドナルド氏は、「初期段階における生徒が試みなくてはいけないのは、あえて自分の感じに注意を払わないこと(p.75)」だと述べています。初期段階ではもしかしたらこの考えは有効に働くかもしれませんが、いつまでもそれをそのまま継続してよいものでしょうか。

習得に必要なものとして「受容(少なくともまず理論的に、その後で実践的に)することになり、それは完全に正反対なやり方であり、身体について考えられたりワークされたりしてきたことの裏返しになる、とわかるとだろう(p.82)」とマクドナルド氏は述べています。様々な信念体系や先入観などそういったもので習慣的に懐疑的になるのを抑制してまずは受け入れてみるというのが必要だということのようです。

原本の昨年出版された新版にはマクドナルド氏がワークをしているDVDが付属しています。興味がある方は合わせてご覧になると参考になるかもしれません。本書はワークに来てくださった方に内部資料としてお渡ししています。

このテーマを担当したRieさんのまとめです

お知らせ

アレクサンダーテクニーク教師会全体の勉強会は年に2回の開催ですが、中国地区の地区勉強階は毎月開催しています。また、当教室では子どもの学校・ATJエスクールと意識的調整教師(アレクサンダーテクニーク教師)になりたい方・興味のある方向けのプレトレーニングワークショップも毎月第1日曜日(11/6・12/4)に開催しています。ご質問等あればお問い合わせください。

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