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アレクサンダーはニューヨークにいるときに、株取引をおこなって資産を増やしていたようです。レッスン以外にもこのように彼は稼ぐために何かをやっていました。1929年のウォール街大暴落の時には少なからず打撃をうけたようですが、何とか家計はまわったようです。

ニューヨーク株取引場ニューヨーク株取引場

第二次世界大戦中にイギリスに戻るまではマンハッタンにあるBlackstone Hotelに滞在していたようです。当時の写真は見つかりませんでしたが、データベースに載っています。

Blackstone Hotel

所在地まで行ってきましたが、建て替わっているのか現存しているのかはよくわかりませんでした。近くにはプラザホテルやセントラルパークがあります。

ニューヨークの学校が所有するフランク・ピアス・ジョーンズ・アーカイブズに行きました。もともとはタフツ大学に所蔵されていましたが移転することになり、彼らが購入したようです。ここには主に、アメリカで広がったアレクサンダーテクニークについての史料があります。

アーカイブの中には、ジョーンズとFM=アレクサンダーやマージョリー・バーストーとの手紙やバーストーのインタビュー記事などがあります。しかし、複写や書き起こしもできなかったため、現場で読むだけでした。手紙には1950年代に起きた裁判沙汰のことやFMがイギリスへ帰国した後に無許可でアレクサンダー学校を運営していた様子などが書かれていました。

お邪魔した学校の練習生たちは遠方から集まっており、訪問したときは学期末のような感じで、数日後にはお休みになっていました。ちょっとだけ授業の様子もみさせてもらいました。

9月末にイギリスを離れ今度はアメリカへ行きました。アメリカは、ニューヨーク、アーバナ、シアトルを訪問しました。ニューヨークに到着した日には、ブルックリン橋でデモ活動がおこなわれていたり、別の施設の前ではテレビドラマかCMを撮影していました。

アレクサンダーの歴史的なところで言えば、ニューヨークは第一次世界大戦以降、FMがアメリカに疎開した時の滞在先の一つです。イギリスに渡ったFMが教えた初期の生徒であるマーガレット・ナウムブルグが住んでおり、最初の世話役を彼女がしました。そして彼女の交友関係でジョン・デューイとFMは知り合うことができました。後に彼女はフリースクールを運営し、アメリカに疎開していたFM達もそこで教える機会がありました。

「人類の最高遺産」の改訂版が1918年に発売されましたが、そこで話題となっている子どもの学校は、彼女の学校のことだと思われます。ナウムブルグの著作には彼女と教授との会話の中でFMが登場しますが、それ以降あまり話題にあがりませんでした。アメリカでの生徒は、アカデミック関係が徐々に増え、科学調査をしたいという人もいました。しかし、FM自身が却下し、それらはことごとく頓挫しました。その後にウィルフレッド・バーロウ博士(イギリス)やフランク・ピアス・ジョーンズ博士(アメリカ)が科学調査をおこなっていき、多量の論文を発表しています。

ニューヨークのアレクサンダー遺跡は残っていません。WW2によって疎開していたころに彼が滞在していたホテルは別のホテルになっており、建て替えもされています。あるとすれば株式取引所です。彼は株でも儲けていたようですが、ウォール街ショックによる影響を受けました。

ボストンまで足を延ばせばストーの家や滞在していたホテルが残っていますが、今回は行きませんでした。

どうしても時間が空いてしまう日もあります。そんなときに観光をしました。

ロンドン郊外にあるグリニッジ天文台へ電車とバスで行きました。現在は資料館です。

24時間時計(グリニッジ)24時間時計(グリニッジ)

その他にいくつか公園に立ち寄りました。例えば、アレクサンダー・ジャーナルの子どもたちの記事で登場するセント・ジェームズ・パークはウェストミンスター駅も近く、そのすぐ西側にはバッキンガム宮殿があります。この付近にはグリーン・パークなど他にも公園があります。日本だと野良猫をよく見かけますが、こちらではリスをよく見かけました。

セント・ジェームズ・パーク(ロンドン)セント・ジェームズ・パーク(ロンドン)
リージェンツ・パークのリス(ロンドン)リージェンツ・パークのリス(ロンドン)

その他に博物館や動物園など現地でしか観られないものを探して観光しました。

STATアーカイブズを利用するために英国のアレクサンダーテクニーク教師組合の事務所に行ってきました。アポイントのためにやり取りしていた方はお休みで、別の事務局員の方が対応してくださいました。ビルの中にある事務所なので、外からインターホンで呼んで外の扉を開けてもらいました。今回の旅の中でこれは初めて。

STATが発行する会報誌をいくつか見ました。晩年のアレクサンダーから受けた生徒の報告記事などもあります。会報誌は会員かサポーターでないと手に入らないものです。それから帰り際に、アレクサンダージャーナルの1号と2号のコピーやいくつか書籍を購入しました。こちらは日本からでも購入できますが、支払い方法や手数料を考えるとこちらの方が簡単です。

STATはアレクサンダーの死後、1960年代にまとまり始めて成立した英国の教師組合です。教師組合の案自体は第二次大戦後からありましたが、アレクサンダーがそれを拒否していました。現在ではいくつかの国に提携協会がありますが、日本にはまだありません。またSTAT提携の学校を卒業しなければ会員にもなれないので、今後も関わりは歴史調査ぐらいでしかないでしょうね。

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