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10月末にシドニーへ到着しました。シアトル滞在を短くしたおかげで、およそ1週間ほどの滞在ができました。

ここではATのレッスンとニュー・サウス・ウェールズ州立図書館に行きました。

レッスンはテーブルワークを受け、卒業生とチェアワークのエクスチェンジを少しだけおこないました。

図書館ではスチュワート=マッケイ医師とエクワイタブル・ビルディングについて探しました。マッケイ医師はアレクサンダーのロンドン行きを決めるきっかけを与えました。彼はFMの公演を観た後レッスンを手配しています。実はメルボルンの友人からFMを手助けするようにお願いされたようですが、彼は自分の目で見てから判断しようと考えていました。彼の手記には、この時期の二つの注目すべき出来事としてFMとの出会いが述べられていました。

エクワイタブル・ビルディングはシドニーに移住したFMが借りたスタジオです。このビルは現存しているものの、どの伝記にも写真が掲載されておらず、当時の広告の住所をヒントに探しました。区画整理で現在の住所とは違いましたが、無事発見することができました。このビルの天井にはステンドグラスが備え付けられており、第二次世界大戦で爆撃にあいましたが現在は修復されています。

もうひとつ、1902年に短い期間でしたがキャッスルリー・ストリートとハンター・ストリートの交差点にシドニー・オペラティック・アンド・ドラマティック・コンセルヴァトワールが開設されていました。建物は現存していません。

11月の2週目にはメルボルンに向かいました。

アメリカの旅の最後にシアトルに行きました。シアトルに在住されているAT教師のキャサリン=ケトリックさんに会いました。彼女の作成したスタディガイドはアレクサンダーの本を読む教材としてお世話になっています。また彼女は第1世代の教師マージョリー=バーストーの合宿の世話役を長年勤めていらっしゃと聞いています。

彼女のところへは全部で2日行きました。1日目は教師養成コースの授業に参加しました。国土の広いアメリカでは遠方の練習生が多いようで、今回の授業はスカイプを使っておこなうアレクサンダーの本に関するディスカッションでした。『いつでも穏やかに暮らすには』の「抑制」のところに関して議論しました。日本ではアレクサンダーの本を使って授業をしているところはATJ以外であまり知りませんが、他にどこかでやっているのでしょうか。読んだことがないとか知らない教師の方が会った中では人数的に多いです。来年にはFMの著作が全て日本語で読めるようになっていると嬉しいです。

二日目は声楽の人との授業にお邪魔しました。チェアワークとかライダウンとか手順から始まるのではなく、「今日は何したいか」という質問から授業は始まります。こちらではアクティビティを利用したワークをおこなっています。伝統的なスタイルで授業を行う学校とそうでない学校で比較されることが多くありますが、原理が理解されていれば手順でもアクティビティでもATというかFMのワークは学ぶことができると思っています。

ここでのミッションはもう一つ。『自己の使い方』にあるマージョリー=バーストー(マージ)の紹介文の著作権保持者を探すことでした。Centerlin Press社はすでに存在がなくなっており、マージの著作権保持者も不明でした。出版社が出した本自体の著作権は切れていてもマージの著作権は生きています。結局、その場では解決できませんでしたが、今年の夏に保持者がわかって権利を得ることができました。

もうすぐ『自己の使い方』も本屋で買えることになります。岡山教室には他にもマージの書いた記事・インタビュー・ワークショップのビデオがあります。

アーバナ滞在が終わり、カーボンデール行きもなくなったのでシカゴに戻りました。宿泊したゲストハウスから少し行くとリンカーン公園を越えてミシガン湖があります。ミシガン湖は大きすぎて反対側の陸も見えません。

特別ここでやることはなく、シェッド水族館やフィールド自然史博物館、シカゴ美術館に行ってきました。博物館では、「なぜ1ドル札にはピラミッドがあるのか」という質問に、「アメリカの建国者達はフリーメイソンと呼ばれる秘密結社のメンバーだったからだ」と書いていました。よく出てくる名前なので印象に残っており、タスマニア島に行ったときもフリーメイソンのメンバー募集の看板やマークはよく目にしました。

次の飛行機が出発するまで2日ほど過ごしました。次はシアトルです。

ニューヨークの次はイリノイ州アーバナに行きました。Alexander's Wayの著者に会ってレッスンを受けました。彼はウォルター・カーリントンの学校の卒業生で、ATを学んだ経緯を教えてもらいながらのレッスンでした。レッスンを受けたあとは、アレクサンダー関連の資料を見せてもらいました。多くは所有しているものでしたが、その学校が独自に編集した冊子もあって興味深いです。いくつか資料もいただきました。

イリノイ州に寄った2つ目の目的は、デューイの書簡集を見ることでした。学生時代に学校の図書館にリクエストしたら、高いからダメだ、と言われ国内ではずっと見られませんでした。南イリノイ大学カーボンデール校の図書館にいくつもりで見れるかどうかと言わさせてみたら、電子版が近所の大学で見られるからこちらにくるより探してみたらどうだ、ということでした。それでアーバナ大学の図書館を調べたら、電子版が所蔵されており学内のパソコンから利用できることと一般の人でも図書館が利用できることがわかりました。

カーボンデール行きをキャンセルし、残りの滞在期間をデューイの書簡集を見るために過ごしました。アレクサンダーやFPジョーンズとの書簡があり、興味深いものです。『人類の最高遺産』にあるボーン・デューイ論争の後に書かれた、近年発見されたボーンの手紙もありました。しかしデューイが受け取ったかは不明です。

アーバナ滞在が終わったらシカゴに行きました。

アレクサンダーはニューヨークにいるときに、株取引をおこなって資産を増やしていたようです。レッスン以外にもこのように彼は稼ぐために何かをやっていました。1929年のウォール街大暴落の時には少なからず打撃をうけたようですが、何とか家計はまわったようです。

ニューヨーク株取引場ニューヨーク株取引場

第二次世界大戦中にイギリスに戻るまではマンハッタンにあるBlackstone Hotelに滞在していたようです。当時の写真は見つかりませんでしたが、データベースに載っています。

Blackstone Hotel

所在地まで行ってきましたが、建て替わっているのか現存しているのかはよくわかりませんでした。近くにはプラザホテルやセントラルパークがあります。

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