ウィンヤード

2018/12/19
2019/01/11

ウィンヤードはテーブルケープから降りてきたFMが子供時代に育った町。もともとは小さなコミュニティでしたが、徐々に発展しました。イングリス側を挟んだアレグザンドリアはアレクサンダー家の土地です。

ホッグストリートにあったFMの家の向かいに小学校が建てられました。彼の兄弟は皆そこに通っていましたが、FMは途中で登校しなくなりました。当時の校長ロバート=ロバートソンは不登校を許し、FMの父親と取り決めをして放課後に個人教授をしました。そこで、算数・英語・聖書といった基礎的な学科を始め、シェイクスピアなどの演劇作品を学びました。学校を卒業後もロバートソンはFMの教育が必要と考えたため、アシスタントとして雇い、授業の手伝いと教育を1年ほど続けました。ロバートソンがイギリスに帰ることになったため、FMもは働きに出る決意をし、ウォラタへ行きます。

ウィンヤードで生活していた頃は、テーブルケープを馬でいったりきたいして、自然に近い環境で暮らしていました。病弱だったために主治医により食事の指導もありました。その主治医が住んでいたところは、今ではドクターズロックと呼ばれています。

1894年のツアーでもタウンホールでリサイタルをし、家族の前で演技をしました。