F.M.アレクサンダー:少年時代

このページはFM氏の少年時代にあたるところです。タスマニア時代をわけると下記になります。

  • (1)生まれた頃から不登校になってシェイクスピアなどの演劇に興味を持つまでの暮らし
  • (2)ビシュコフ山で働いていた頃からアマチュアの役者になり、オーストラリア本土へ行くまで
より詳しく知りたい方は参考に挙げている資料を読まれることをおすすめします。

フレデリック=マサイアス=アレクサンダー(Frederick Matthias Alexander 1869-1955 以下FM)は、1869年1月20日にタスマニア島の北西部にある、テーブルケープで生まれた。父はジョン=アレクサンダー。祖父はマサイアス=アレクサンダー。 FMの祖父は「スウィング暴徒」と呼ばれる英国での農民の反乱に参加したことで、当時流刑地だったタスマニア島へ行くことになった。彼の父系の祖先はスコットランドの血筋であるとFMは後年語っている。

1869年に生まれたときは未熟児で、体が小さく、弱かった。心肺の問題が今後の朗誦家生活で現れてくるが、このことも影響していると思われる。彼は母乳を受け入れずに、ヤギのミルクを飲んで育った。1870年にウィンヤードへアレクサンダー一家は移り、それから20年ほどの間にFM氏の両親は子どもをもうけた。順番に、アーサー=ジョン(1870)、アグネス=マリー(1872)、アルバート=レデン(1874)、リチャード=トーマス(1876)、エイミー=マリア(1879)、メイ(1881)、ホーレス(1883)、バーモント(1886)、スタンリー=ゴードン(1892)が生まれる。この兄弟の中でアルバート=レデンとエミー=マリアはFMの原理を理解し、その後オーストラリアで教えることになる。

ウィンヤードで暮らしていたアレクサンダー一家とは別に、テーブルケープにはおじのマーティンがいたので、FMはそこを行き来して自由にぶらつくことができた。彼はそこで、農業や動物に関係するあらゆる知識を学ぶ。特に馬の世話などを好み、両親が馬に乗っていたことも関係して情熱を注いだ。彼の母親であるベッツィにはこんなエピソードがある。

彼[FM]の母は助産婦として訓練されており、よく低木をギャロップで乗り越えたものだった。ときどき、幼いFMをおんぶして、地元の出産に立ち会ったものだ。

Michael Bloch - The Life of Frederick Matthias Alexander

さらに彼女は料理上手で、アレクサンダー兄弟達は質の良い食べ物で育った。そして、彼女は読み書きのできた夫とは違ったので、子ども達には勉強をさせようと思い、日曜学校に行かせ、それから公立学校へ行かせた。

 FMの学校生活はというと、賢い少年だったが生まれながらにとても神経質で、注目を集める少年でもあった。そして、満足のいくように説明されない限り何かを信じることを好まない独特の特徴を持っていた。ウォルター=カーリントンによると「彼を本当に理解していたのは母親だけだった。」とA Time to Rememberで述べている。このような性質があったために学校では扱いにくい子どもであったが、そこに理解を示したのはロバート=ロバートソンというスコットランド人の教師だった。

ロバートソンはFMが教室に来ないことを容認し、夕方に彼を個人的に教えた。FMが学んだものは、英語、文学、聖書、算数、地理、歴史といった基本的なものと、ロバートソンの愛好していたシェイクスピアの一人芝居や有名な詩などを教わった。このようにロバートソンの影響で、FMはシェイクスピアなどに興味を持ったと思われる。

 1880年代後半、ウィンヤードでの生活は素朴であったが、楽しみがないわけではなかった。農園から離れたところでは、乗馬や運動ができたし、土曜日にはレガッタ、クリケット、競馬の興行もあり、人生の早い段階で賭け事にのめり込んだ。その他にも音楽家などが集まることのできるホールや農芸展覧会用の展示ホールも建てられた。

このような少年時代であったが、彼が唯一傷ついたことは、特に長時間の身体運動の後に激しい内部の痛みに定期的に襲われることだった。彼は手を使う仕事や父親の手伝いは明らかにうまくやれなかった。ほとんどの活動で彼は左利きであり、ものを書くときには右手で書くように自己訓練をしていたことをおそらく表している(The Life of Frederick Matthias Alexanderより)。FMは人類の最高遺産では生まれながらの左利きに行われる右手で書くことについての練習について激しく批判している。

まとめ

  • FMの育ったタスマニアは元流刑地で、祖父は英国からやってきた
  • 生まれたときから苦難に見舞われたFMは母親っ子だった
  • 自然との関わりが密接で馬に対する愛好心を育んだ
  • 扱いにくい少年に理解を示した教師のおかげで演劇に興味を持った
  • 若い頃から賭け事(特に競馬)に興味を持った
  • 普段の活動は左利きであったが、当時推奨されていた右手でものを書く訓練をしたといわれている

関連項目

  • ベッツィ=アレクサンダー(母)
  • ジョン=アレクサンダー(父)
  • マサイアス=アレクサンダー(祖父)
  • アルバート=レデン=アレクサンダー(弟)
  • エイミー=マリア=アレクサンダー(妹)
  • ロバート=ロバートソン(FM氏の教師)
  • タスマニア島の歴史(19世紀頃)
  • スウィング暴徒(1830年・英国)

参考

  • F.M.The Life of Frederick Matthias Alexander by Michael Bloch
  • Frederick Matthias Alexander : A Family History by J.A. Evans
  • A Time to Remember by Walter Carrington
  • Autobiographical Sketch by F.M. Alexander
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