アレクサンダーテクニークと歴史的な話

F.M.アレクサンダーのワークが「アレクサンダーテクニーク(AT)」と呼ばれ始めてずいぶんと時間が経過しました。単にアレクサンダー氏の技法として彼のワークを表していた名称だったはずが、現在では「アレクサンダーテクニーク」と聞くと、多数ある代替療法のひとつ、ボディーワークや体(身体)の使い方、姿勢術(法)などのひとつとして認識されています。しかし、アレクサンダー自身は単に「ワーク」や「テクニーク」と言い表しました。

ATの流れは、大まかに捉えると英国と米国があります。日本ではアレクサンダー本人の教えよりも、彼のところで学んだ第一世代の教師達1の教えが大事にされているように思えます。1950年代後半にアレクサンダー本人の著作は絶版になりました。現地では在庫の販売、図書館、古書店等でも入手できたと推測できます。

1960年代~70年代、アレクサンダーの著作が絶版中でも第一世代教師の理解を基盤に、教師養成訓練は継続されました。そして、アレクサンダーの著作を読んだことのない教師が誕生する期間がありました。仮に訓練当時に読んでいたとしても、自身が教師やトレーナーとなってからは生徒や練習生に彼の著作を「難読・難解」だと言って、一部教師は、まるで読むことを進めないかのような印象でした。しかし、アレクサンダーの著作を読めば現代と当時の差は歴然です。

1980年代に英米で復刻し、2000年初頭に全著作の復刻が完了するまで、国内外で簡単に入手することはできませんでした。当然、日本では翻訳版もありません。

2000年代、F.M.アレクサンダー著作集としてATJ翻訳チームが訳し、2019年には全てが日本語で読めるようになりました。


  1. 当時の教師養成コースは1931年に始まりました。日本に輸入されたATはP.J.マクドナルド氏、M.バーストー女史の流れが主にあります。 ↩︎

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