意識的調整実践センター

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ATJエスクール岡山校

Conscious Control

"Conscious Control"は1912年初版、1918年版『人類の最高遺産』第二部のもとになった著作。1910年の"Man's Supreme Inheritance"と同様Methuen社から出版された。2015年にアイルランドのAlexander Technique Center, Irelandから再版される。商品紹介の説明では「F.M.アレクサンダーが実は書いていたのは5冊の著作であり、4冊ではない。この本は元々1912年の出版(『人類の最高遺産』の後で、『建設的に意識調整するヒト』の前)であり、すぐに絶版になった。」とあります。しかし『人類の最高遺産』の第二部として1918年版に統合されており、それ以降も読むことができた。この著作が発表されてから、将来アレクサンダーの活動を手助けする女性達、エセル=ウェブ、アイリーン=タスカー、マーガレット=ナウムブルクが現れる。

彼女ら三人は第一期モンテッソーリ国際教師養成コース(1913年)の同級生である。ウェブは本書を読んだ後にレッスンを受けてから、約半世紀に渡ってアレクサンダーの秘書・アシスタントをしていた。ウェブは開いている扉から盗み聞きして'Teaching Aphorisms'を書き残した。タスカーはウェブの紹介でアレクサンダーのワークを知り、本書を読んだ。レッスンを受けてからアレクサンダーのアシスタントとなり、1924年に開校したリトル・スクールの校長をした。後にタスカーは"Connecting Links"という題で講演をした。ナウムブルクはレッスンを受けた後アメリカに帰り、アレクサンダーの米国訪問時(1914年と1924年)に手助けをした。レッスンができる場所を手配し、生徒を紹介することで米国におけるワークの実践を確立する手伝う。彼女は"The Child and the World: Dialogues in Modern Education."を書いており、ある教授との会話の中でアレクサンダーのワークについて言及した。

題の全文を見ると"Conscious Control in Relation to Human Evolution in Civilization"と書いてあり、これは1918年版『人類の最高遺産』の副題'Conscious Guidance and Control in Relation to Human Evolution in Civilization'に引き継がれているとわかる。『人類の最高遺産』の第一部と比べると原理が簡潔にまとめており、容易に読みこなすことができる。しかし、改めて購入する必要はなく、1918年版以降の『人類の最高遺産』の第二部で読むことができる。1918年以降の新版『人類の最高遺産』では"Conscious Control"の文章に加筆・修正され、新たに三つの章が追加された。