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F.M.アレクサンダーの伝記

以下にF.M.アレクサンダーの伝記を紹介します。よく教師養成コースでは『自己の使い方』の第一章「進化するテクニーク」にある自伝的な文章を読むように勧められています。しかし人物像について知るためにはそれだけでは不十分であり、もっと知るためにはいずれかの伝記を読みましょう。

F. Matthias Alexander 1869-1955: A Biographical Outline

ウォルター=カーリントンが編集した伝記の概要です。書籍ではなくブックレットで紹介する中では一番短いです。カーリントンはアレクサンダーが監督していた教師養成コースを卒業した第一世代の教師です。第一世代の中にはワークに対する尊敬はあっても、アレクサンダーの人間性を信頼できないと思っていた練習生もいました。カーリントンはアレクサンダーと人間関係をうまく保てた中の一人で、卒業後もアレクサンダーの助手教師として働きました。

Up From Down Under

この著作の初版がでた当時、アレクサンダーの伝記はありませんでした。つまり最初の伝記です。"Up From Down Under"は、副題に"The Australian Origins of Frederick Matthias Alexander and the Alexander Technique(オーストラリアに起源を持つフレデリック=マサイアス=アレクサンダーとアレクサンダーテクニーク)"とあるように、アレクサンダーのオーストラリア時代に焦点を当てた伝記となっています。「Down Under」というのは英国から見た反対側、つまりオーストラリアという意味になります。

アレクサンダーの生涯について語られるとき、ロンドンに移住して以降のことが主に言及されます。本書は英国から流刑にあったアレクサンダーの祖先から始まり、出生地タスマニア島からロンドンへ移住する前のオーストラリア時代ついて、その歴史やアレクサンダーと関わった人物を取り上げながら調査されています。

オーストラリア時代の資料は少ないですが、本書では当時の広告などアレクサンダーに関する貴重な資料が転載されています。本書を読むことでアレクサンダーがオーストラリアでどのような手法を教えていたのか、その断片が垣間見られます。著者は他にDVD"Frederick Matthias Alexander, His Life, His Legacy"を出しています。

2018年11月、著者ご本人と会ってきました。『Up From Down Under』の新版がMouritzからちょっと後です。多くのアレクサンダーに関する資料を譲り受けました。

Frederick Mathias Alexander: A Family History

家族を焦点に当てた伝記となっており、ワークの発展については殆ど書かれていません。著者ジャッキー=エヴァンスはアレクサンダーの又姪にあたり、彼女は15年以上も自身の家系について研究してきした。
アレクサンダーは秘密主義な一面があり、存命当時は家系についてあまり語りたがらなかったようです。本書では彼の先祖・弟妹・私生児について書かれており、日本ではあまり知られていないエピソードも含まれています。当時の時代背景と彼を取り巻く家族達を知ることで、創始者の人物像がわかります。

F.M.: The Lif of Frederick Matthias Alexander

マイケル=ブロック著"The Lif of Frederick Matthias Alexander"は上述した伝記と比較すると、アレクサンダーの生涯とワークの発展を包括的に著しています。おそらく伝記の中ではこれが一番読まれているでしょう。

Frederick Matthias Alexander 1869-1955: The Origins and History of the Alexander Technique.

ジェローン=スターリン著の博士論文(医学)です。一般書とは違いますが、これまで伝記や調査過程で新たに発見された資料を含めて医学的な歴史の観点から執筆されています。

この論文はオランダ王国のラドバウド大学で認められました。批判的な内容であり、本書を読んだAT教師は内容に対して反感を持つかもしれません。しかし彼の文献を基にした徹底的な調査は、アレクサンダーの伝記として無視できないものだと思われます。本書はページ数が多いうえに文字サイズも小さいため、時間をかけて読む必要があります。

執筆者は文献からアレクサンダーテクニークの起源と歴史を探ろうとしています。時代ごとにアレクサンダーの文章と関連付けながら、当時の時代背景や存在していた発声法・表現法・姿勢の再教育などの影響や類似性が考察されています。アレクサンダー像を見直す興味深い視点があります。当時はインターネットも普及しておらず、現地の図書館に赴いては資料の複写や書き写しをしていたようです。

日本からでは入手方法に難点がありますが、これまでの伝記とは違う視点を与えるものでしょう。

2018年9月に著者とオランダで会いました。わざわざ来た教師は初めてのようでした。アレクサンダーに関する資料を多数拝見し、複写などをいただきました。この論文の要約を許可を頂いて翻訳しました。(こちら

Frederick Mathias Alexander in New Zealand, 1895

"Frederick Matthias Alexander 1869-1955"と同じ著者で、FM=アレクサンダーが行ったニュージーランド巡業に関する調査です。2005年に発表した論文"Frederick Matthias Alexander 1869-1955"で取り上げられている1895年のニュージーランド巡業をより拡大させたものです。

1894年のタスマニア島巡業・1985年のニュージーランド巡業は、失声したアレクサンダーが回復後に行ったツアーです。自伝で語られている公演当日の食中毒やネイピアでの裁判沙汰もこの時期になります。当時の新聞記事から調査されており、彼の俳優時代を知るひとつの文献です。こちらも日本からでは入手困難かもしれません。1


  1. インターネット上にある連絡先がすでに使われていないかもしれません。