FMアレクサンダーの著作紹介

ここではアレクサンダーの書いた作品を紹介します。ワークの土台は主要な4作にあります。その他の作品は、創始者の人間性を知るのに役立つのではないでしょうか。

目次

Man's Supreme Inheritance・人類の最高遺産

F.M.アレクサンダー著"Man's Supreme Inheritance"、彼が原理を解説するために当時の社会状況・教育・食事・環境など様々な観点から考察しています。1910年に初版が発表、1911年に"Man's Supreme Inheritance: Addenda"(補遺)、1912年に"Conscious Control"が続けて出版されました。アレクサンダーは四冊の著作を残していますが、この一冊目は他の三冊に比べると読みにくい部類に入ると思います。

1918年にアシスタントの手を借りながら米国で、1910年・1911年・1912年の出版物と1907年に発表した論文"The Theory and Practice of a New Method of Respiratory Re-Education"を一つにまとめ修正し、"Man's Supreme Inheritance"に二つの章を、"Conscious Control"に三つの章を新たに加えて発表、副題は'Conscious Guidance and Control in Relation to Human Evolution in Civilization'とつけられました。この1918年版にジョン=デューイは巻頭言を書いています。1946年にアレクサンダーによる最終校訂がなされました。

本書の第一部では人類の文明化と意識的調整の必要性が考察されており、これまでの治療法がうまくいかない理由・動物と人類を分けるinhibition(抑制)とは・意識的調整とその応用・習慣的な思考が及ぶ肉体・教育と国家などアレクサンダーの原理の土台となるものです。特にこの部では時代背景や当時の編集長が優生学を熱心に支持していたという話もあり、現代にそぐわない考え方や発言が現れます。「FM=アレクサンダーは人種差別主義者なのか?」という議論もあるほどです。それでも「なぜアレクサンダーテクニーク(AT)が必要になるのか」、その理由が書かれており、学習者にとっては非常に重要です。

第二部では意識的な指導と調整とはどのような道筋になるのか、どのように練習するのかなど、アレクサンダーの原理を短くまとめてあります。特に始めてATを習得したいと考えている方にとっては必要です。彼は四つの段階を言っています。「1.概念として必要な動きを知る、そうすると、2.抑制になり、間違った先入観に基づく考えが潜在意識的に提示されるやり方はなくなるし、ひとつもしくは一連の動きで行為せずにすむ、そうすると、3.新しい意識に精神的指令を組んだ動きで、筋肉機構に必須となる正確な行為を動作する、そうして、4.動作(収縮と伸張)が筋肉で運用されるように精神的指令が起きる。(人類の最高遺産、風媒社、2015、pp.193-194)」この段階の詳細な解説は本文に書いてあります。

第三部は呼吸の再教育について、1907年のこの論文で初めて「a position of mechanical advantage・ある姿勢で機構的に有利になる」が登場します。呼吸の論文を取り上げたのは、おそらくアレクサンダーが俳優で失声の問題を抱えていた背景が影響していると思われます。またこの論文の発表当時は呼吸の教師としても知られていました。

Constructive Conscious Control of the Individual・建設的に意識調整するヒト

1923年初版、"Constructive Conscious Control of the Individual"はFM=アレクサンダーの第二作目。『人類の最高遺産』の第二巻にあたり、彼にとって一番のお気に入りです。四作の内『自己の使い方』と本書は人気が高く、『人類の最高遺産』と比較すると読みやすい作品になっています。

本書には、タイトルを決める際に次のようなエピソードがあったようです。

......思い出していくと様々な人達がいました、デューイ博士を含め唱えられた異議は、題名「Constructive Conscious Control of the Individual」の長さに対するもので、提案はこの言葉「of the Individual」を省略しようというものです。FM氏はこう言いました、「ダメだ。その言葉が最も重要な題名の部分なのだ。時代が到来し、個人(individual)はますます重要性をなくしていくと考えられる。国家、すなわち共同体がすべてになるだろう。我らが関心を持つのは、」と氏は続けて「個人の質であり、個人とは共同体を形成するものなのだ」と。......

Irene Tasker in Connecting Links, The Sheildrake Press, 1978, p.15

アレクサンダーにとって、「Individual(個人)」がいかに大事だったのか。デューイはタイトルを短くしようと考えましたが、結局できなかったようです(Tasker, 1978, p.5)。デューイが1925年に出版した『経験と自然』にアレクサンダーを参照する箇所があります。そこでは、「See F. Matthias Alexander's Man's Supreme Inheritance, and Conscious Constructive Control.(Nature and Experience, George Allen And Unwin, Limited, 1929年版, p.296)」となっており、「of the Individual」が抜けているどころか、著作名自体がデタラメになっています。その後、ある時点で修正されたようで、著作名は"Constructive Conscious Control of the Individual"になっていました。この時期に彼らの交流は特に深くされており、デューイの作品にも影響が現れています。

本書は様々な観点から「感覚的評価(sensory appreciation)」について考察されており、生徒・練習生・教師といったアレクサンダーテクニーク(AT)を学ぶ人なら誰でも役に立つ一冊です。第二部 第四章の「実例」では用語の説明と「手を椅子の背もたれに置く(hands on back of the chair)」が載っています。これはATで用いられる手順の一つで、2004年版に与えられた序文でカーリントンが「......アレクサンダーによると、生徒に手を置くこと、と同様のやり方で、手を椅子の背もたれに置くこと、が出来るようです」と言っているように、教師にとっては非常に重要です。この手順が最初に紹介されたのは、1910年発表の"Supplement to Re-Education of the Kinaesthetic Systems Concerned with the Development of Robust Physical Well-being"の中です。そこからいくらか詳細になり、修正と変更がなされています。

本書は『人類の最高遺産』と比較すると読みやすく、時代背景の古くささもあまり感じません。特に教育の話題に関しては現代日本に通ずる部分もあり、全編を通して登場する「感覚的評価」をどのように扱うのかが鍵になります。ワークを進めるにあたり、この「感覚的評価」をあてにドツボに嵌まっている人がいるとしたら、本書を読むことでヒントがあるかもしれません。しかし、アレクサンダーは『人類の最高遺産』の第二巻と位置づけているため、『人類の最高遺産』と本書の両方を読むとより理解が深まるかもしれません。

The Use of the Self・自己の使い方

"The Use of the Self"は"Man's Supreme Inheritance"、"Constructive Conscious Control of the Individual"に続くFM=アレクサンダーの三作目の著作です。日本語では『自己の使い方』です。前の二作に続けてジョン=デューイが紹介文を書いています。1931年にアレクサンダーの監督下で教師養成コースが開設、同年にMethuenから米国で『自己の使い方』の初版が発表、その付録に教師養成コースに関する公開書簡が掲載され、1932年に英国・米国共に本書を発表(Staring氏によると、1931年版はおそらく友人やレビュワーのために繰り上げて刷られたものだと思われる。2016年12月4日付のメール通信から)。この辺りの時代を考えると、本書は練習生にとっても非常に重要だと思われます。アレクサンダーの著作の中では、一番薄くて読みやすいことからアレクサンダーテクニーク(AT)教師から練習生や生徒に読むように勧められる機会が多く、当時も最初にレッスンに来る生徒さんへ読むように、よく勧められたようです。

第一章には、アレクサンダーが原理を発見した過程が書かれています。彼の陥った問題から始まり、原因の追及、繰り返される観察と実験、最終的に自己の使い方が変わっていく手順が書かれています。FM氏の場合は「声が出ないこと」が問題点でしたが、どんな人でも置き換えて実験可能です。いくつのか資料から推測すると失声の問題自体は2~3年ほどで解決していたようです。第二章では感覚的評価との関連で使い方と機能について述べています。彼はこの主題について"Constructive Conscious Control of the Individual"で詳しく解説しました。第三章と第四章は主にケーススタディとなっており、ゴルファー氏と吃音の人について書かれています。最後の第五章の「診断と医学的な訓練」では医学と当該原理の教育の差などについて書かれています。彼は著作全体にわたって"psycho-physical organism"(心身有機体)という用語をよく使っており、心身は分離できないもの・相互関係にあるものだと言っています。

......「精神的」問題か「肉体的」問題か、どちらかひとつに診断でき、治療にあたっても、「精神的」か「肉体的」か、どちらか決定した線に沿えばそれでよしと思い込んでいた。しかしながらその後、この思い込みを放棄せざるを得ないところへ自らの実践と体験で導かれていった。

F.M.アレクサンダー in 私家版『自己の使い方』、pp.38-39

本書は一度ワークを受けた方には自習教材になります。これからワークを受けようとお考えの方も読むと参考になるかもしれません。

The Universal Constant in Living・いつでも穏やかに暮らすには

FMアレクサンダーの四作目で最後の著作"The Universal Constant in Living"は、1941年米国・1942年英国で発表されました。紹介文はG. E.=コギル教授が書いており、アレクサンダーの発見と自分の発見したアンビストマ科の全体パターンと部分パターンを関連付けて紹介しています。本書の導入を見ると、彼の中では『人類の最高遺産』、『建設的に意識調整するヒト』、『自己の使い方』の三冊でこの仕事を終えたと思われます。

前著『自己の使い方』を終えた私は自分を労いこう考えていた、私は当該主題である私の実践と理論に関してもう書く必要はないだろう、その理由は、詳細に解説してきた進化する私のテクニークとその応用を異なる領域の活動でしていくことについて書いてある、と今後は拙著の中でわかるからである。

F.M. Alexander in The Universal Constant in Living, Mouritz, 2000, p.XXXI

それでもいくつか誤解が生じているようで、本書の中でも用語など彼の原理について改めて説明し直しており、「私のテクニークは基盤に抑制を置いており...(F.M. Alexander, The Universal Constant in Living (Mouritz, 2000), p.88)」とあるように、特に「抑制(inhibition)」を強調しています。「抑制」は『人類の最高遺産』からずっと強調していることで、これがないまま「手段を吟味する(means whereby)」やり方をするのは彼の原理からずれることになるでしょう。本書では「改善された」「習慣的な」「新しい」「直接的な」「非直接的な」と付け加えながら、「end gaining(結果をすぐに得ようとすること)の原理 v.s. means wherebyの原理」の対立構造だけでなく、「means whereby」についての誤解を拭おうと、より詳細に解説しようとしています。そして本書は「恒常的に影響を与える使い方」や理論から実践に置き換えていくことを書いており、デューイが彼のワークに影響されたという理由がわかります。

......相互関係にある公共活動と技術的な哲学に関して彼[デューイ]の主張は、「......私の理論で心身・協調する能動的な要素を持つ自己・位置づけられた考えが抑制と調整される明示的な行為にあること、それらが必要とした繋がりとはFM=アレクサンダー氏のワークであるし、後年には氏の弟、AR氏とのワークである、これらの理論を実在に変換させるために要求された。......」

Schilpp & Hahn in The philosophy of John Dewey, OpenCourt, 1989, pp.44-45

ジョン=デューイは本書の紹介文を書きませんでした。アレクサンダーが1930年代のアレクサンダーテクニークに関するデューイとの科学研究をダメにしたこと、タスカーが南アフリカに行っている時期だったこと、第二次世界大戦に米国が参戦するかどうかの時期だったことなど、いくつか理由は推測されます。しかし、英国と米国を行き来していた時期にアレクサンダーはコギル教授とレッスンをしており、カーリントンによればコギル教授は「最高の生徒の内の一人(Walter Carrington, A Time to Remember , The Sheildrake Press, 1996)」ということ、そして本書の中でアレクサンダーは自分のテクニークを著名人が称賛した文章を引用しているのを見ると、彼は科学的な物言いの力を借りたかったのかもしれません。

アレクサンダーと交流が少なくなっていったデューイは、米国に渡った弟のA.R.=アレクサンダーとワークを続け、フランク=ピアス=ジョーンズが教師養成訓練に参加しようとするときにも励ましの返事を送り、第二次世界大戦中に米国に滞在していたアレクサンダーに生徒も紹介していました。1941年に出版された本書は著者本人からデューイへ送られており(Jo Ann Boydston [Com.], John Dewey's Personal and Professional Library: A Checklist, Southern Illinois University Press, 1982, p.2)、ある時点で彼らの仲は修復されたようです。

その他

Articles and Lectures

F.M.アレクサンダー(アレクサンダー)の著作は『人類の最高遺産』、『建設的に意識調整するヒト』、『自己の使い方』、『いつでも穏やかに暮らすには』の四冊です。これらを発表している間に、新聞記事・冊子・講演などがいくつかありました。JMO=フィッシャー氏による編集で、この"Articles & Lectures"には未公表の原稿を含めた文章がまとめられています。しかし、アレクサンダーの発表した全ての文章が掲載されているわけではなく、いくつか抜けているものもあるようです。本書にある"Teaching Aphorisms"と"Autobiographical Sketch"は日本語版『人類の最高遺産』の付録として翻訳されています。

アレクサンダーテクニーク(AT)の創始者アレクサンダーのワークに関する歴史的な文章を読むことができますが、当該ワークを学ぶには4冊の著作で十分に思えます。しかし、アレクサンダーが書いたことに興味がある人にとっては、重要な作品集です。呼吸の教師から意識調整教師になり、ATの創始者となっていくまでにアレクサンダーがワークをどのように発展させてきたのかがわかると思います。

例えば広告記事、新聞記事、ポエム、版の違いの同じ記事など、本書に含まれていない文章も教室にはいくつか収集しています。

Letters

1916年~1955年まで600通以上が収録されています。内容は返信が含まれていないため、どのような応答があったかはわかりません。歴史的意味合いが強く、ワークを学ぶ方に直接的に役立つかはわかりません。

Man's Supreme Inheritance (1910, 1911, 1912)

初版のMan's Supreme Inheritanceを一冊にしたものです。1910年の初版、1911年のAddenda、1912年のConscious Controlがまとまりました。これも歴史的な意味合いが強く、ワークを学ぶ人よりも歴史に興味がある人向けに思われます。

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