ワークの関連資料について
教室には2008年頃から集めてきたワークに関する資料があります。初めて購入した頃から何年も経てば、関連本も書店で見かける機会が増えました。創始者がワークを発展させた本国の教師協会では、資料の収集と管理をしており、問い合わせれば気軽に参照できます。しかし、日本ではこういった機関はありません。未だに知名度の低い当該ワークは、国内の図書館よりも当教室の方が多くの資料を保有していると思います。
このワークを知りたいと思った筆者は、当初、以下のように考えていました。
- 近所に教師はいないがワークが気になる
- レッスンを受ける前に知識が欲しい
- 何を読めば自分に役立つかわからない
目次
資料収集の遍歴
2008年前半
初めて手に取った本は『音楽家なら誰でも知っておきたい「からだ」のこと』でした。大学時代の管楽器の講師に薦めでした。初めて「ボディマッピング」と「アレクサンダーテクニーク(AT)」という言葉を知りました。当時ボディマッピングとATを混同していました。その後、しばらくボディマッピング講座に参加し、ボディマッピングやATへの関心は深まりました。しかし、自己改善の持続性を実感できませんでした。演奏の変化も一過性のものだと思いました。
2008年後半
絶版になっていたものも含めて日本語で出版されていた関連本を購入し読みました。ボディマッピングとATの区別がまだつかないどころか、似たようなものだとさらに考えるようになりました。また内容もどれも似たようなもので、自身では納得できませんでした。
2009年前半
創始者の著作を読もうと決意しました。「F.M. Alexander」とネット通販で検索するとThe Alexander Technique: The Essential Writings of F. Matthias Alexanderにたどり着きました。当時はアレクサンダーの著作を読むように薦めるような作品がほとんどなく、難文・悪文・難解で読みにくいとの評価を多く目にしました。本書は抜粋されたものですが、これが初めて読んだアレクサンダーの記述でした。これを読めば端的にATの原理がわかるかと思っていました。実際に知りたいことに近づいた気がしました。次に映像はないか、とDVDをいくつか観ました。しかし「それで?」という思いが湧きました。
2009年後半
結局ATを知るには創始者本人の著作をよく読むしかないと、4作品を購入しました。当時の購入履歴を見ると8月15日でした。ここまでボディマッピングの受講体験から、ATは「身体の使い方」だと思っていました。つまり、まだよくわかっていませんでした。しかし、いずれこれを教える人になりたいとは思っていました。
この時点で、長崎でATのワークショップがあること、練習生になりたい人が3人いれば教師養成コースを開始することがわかっていました。最初から教師になるつもりで初回レッスンを受けました。このときは個人レッスンを1日丸々受ける機会に恵まれました。モヤモヤが増えたのか減ったのか、少なくともボディマッピングと当該ワークは違うものだとわかりました。
2010年
教師養成訓練が始まりました。このときには大学院でジョン=デューイの研究をするつもりで、2012年ごろまでアレクサンダーとデューイに関連する資料を集めました。デューイの著作集や伝記、アレクサンダーの著作や伝記を読みました。日本デューイ学会会員の教官の下、学会の紀要を可能な限り集めてもらい、デューイの心身論と教育論に関連した小論文に目を通しました。しかしアレクサンダーについて言及された論文は、一本だけしか見つけられませんでした。このころからネット通販で購入できないものが必要になったので、図書館や輸入代行に頼りました。
2010年から2013年(教師養成コース卒業まで)
養成訓練の過程で、第一世代の教師(主にパトリック=マクドナルド・ウォルター=カーリントン・マージョリー=バーストーなど)とその流れについて知りました。アレクサンダーテクニーク教師会を通して2012年頃から他の教師の方と交流したときに、第一世代の流れをくむ手法の違いを実体験しました。
それぞれ特徴があり、レッスンへの取り組み方が違うとわかりました。しかし、それはどこからやってくるのか、つまり、日本で広がりつつある「アレクサンダーテクニーク」、アレクサンダーの「ワーク」、第一世代の「テクニーク」の差は何なのか、そう思って調査すると原理がより明快になるのではないかと考えました。しかし養成訓練と修士論文で余裕がなく、この疑問について漠然と考えていただけだったので、深く追求しませんでした。
2013年(教室開始)から2016年前半
養成訓練を修了した頃、創始者はもちろん直弟子の第一世代教師は既にこの世にいません。教師になってからどうやってワークを発展させるか考える中で、残された著作や映像を見ていくことで経験不足を多少は穴埋めできるヒントになるならと、創始者だけではなく、第一世代の著作や映像も調査することにしました。彼らの著書や映像を調べるとワークの紹介の仕方や実際の手順にはそれぞれ違いがあると実際に観察できます。その背景には彼らの個人史が当然関わっています。
この頃には、日本に発送できないもの以外は代行に頼らず、自分で購入できるようになりました。また2016年には『建設的に意識調整するヒト』の下訳が終わり、ATJ翻訳チームに提出しました。この頃には著者に直接連絡をとって入手できる文献や絶版になっているものを探し始めました。
収集しているうちに創始者の著作が日本語で読めるようになりました。2012年にThe Use of the Self(私家版・自己の使い方)、2015年にMan's Supreme Inheritance(風媒社・人類の最高遺産)が出版されました。1
2016年10月
様々な形態で資料は約100点を越えました。そうこうしている内に、Fredrick Matthias Alexander 1869-1955: The Origins and History of the Alexander Techniqueの著者ジェローン=スターリン博士に連絡を取り、論文などの著作を購入しました。質問などにも快く答えて頂きました。資料収集の次のステップが見えてきました。
2016年~2017年初頭
トレーナーコースも修了に近づき、時間ができました。2017年の夏から海外遠征する準備をします。チケットの手配や旅程の計画、会いたい方にアポ取りをしていきました。
2017年夏~12月
ネザーランド・英国・米国・豪州を旅しました。各地でレッスンの受講や資料収集をしました。中には国内でも当教室でのみしか保管していないものもあります。電子化されたものや紙媒体でかなりの数になりました。
2018年~
オンラインのアーカイブなどを駆使し、継続的にコレクションを増やしています。伝記でも触れられていない新たな資料も発見しました。個人所有のコレクションにも独自のものがあります。
まとめ
「百聞は一見にしかず」、といっても「アレクサンダー」と冠された技術を習得しようと考えるなら、創始者本人の著作くらいは読んでおいて損することはないはずです。自分が初めてのレッスンを受ける前に創始者の本を読んでいた(が、理解はしていなかった)ということは、同じような方が今後もでてくるはずです。
馴染みのある言葉で書かれたものが分かり易いかと言えば、核心部を省いているだけかもしれないし、難文・悪文で書かれたものが分かり難いかと言えば、そもそも新しいことを学ぶのだから分かり難いはずです。しかし、体験が伴ってくると内容は明確になります。
アレクサンダーは、1910年に最初の著作『人類の最高遺産』を出版しました。最後の作品は1941年です。2つまり、彼の作品は古典です。「温故知新」ということわざがあるように、創始者や第一世代の著作を読むことは、諸先輩教師達の悩み、問題提起、考え抜いてきたことを知り、世代を超えて繰り返される問題を抑制できる新しいヒントになります。そのように考えれば、創始者の著作を読むべきだという主張も、原理主義や修正主義ではないとわかるでしょう。
教室の保有資料は教室所蔵資料に一部掲載しています。実際に教室へ来られた方には他の資料も提出できます。しかし、海外で発達してきた都合上、資料も大半は英語です。興味を持った作品を見つけて「辞書を使ってどうにか読んでみたいけれど、海外通販はちょっと・・・」とお考えの方は、ワークの体験も含めて当教室で相談に乗ります。研究に惜しみなく協力してくださっている諸先輩方に習い、関心を持つ方に筆者も惜しみなく協力します。
仮に全ての教科書に精通したとしても大概は、自習だけで自動車の運転が出来るようにはならないし、ゴルフもスキーもムリだろうし、習得したいものが比較的簡単な科目であっても、例えば地理学・歴史学・算数などでも、教師の手助けなしには難しいだろう。 F.M.アレクサンダー (2015), 自己の使い方, 風媒社, p. 33.
最後に、いくら知識を所有したとしても実体験がなければ道具の使い方もわかりません。しかし、創始者の著作は、事前に予習してもレッスン進行の妨げにはならないでしょう。むしろワークへの理解がより進みます。わからないことがあれば教師に質問できますし、それを基に発展したワークを受けられます。その後も復習すれば、さらに理解できるようになります。